ぎまん的顧客誘引
加盟判断を誤らせる“誤認させる誘い”。独占禁止法の不公正な取引方法に該当し得ます
ぎまん的顧客誘引とは、事実とかけ離れた表示や重要情報の隠匿・過少表示によって、相手方の合理的判断を誤らせ、契約や取引へ誘導する行為の総称です。独占禁止法が定める不公正な取引方法の一つで、フランチャイズの加盟勧誘・資料開示・説明会・ウェブ掲載といった場面で問題になりやすい領域です。
フランチャイズで起きやすい“誤認のパターン”
数字の体裁は整っていても、次のような「見せ方」は誤認を招きます。
- 収益の過大表示:モデル収支や売上予測が、特異な立地・非現実的な人件費や賃料など再現性の低い前提に依存している。中央値や分布を示さず、好成績店だけを平均のように見せる。
- ロイヤルティ定義の曖昧化:粗利の定義(廃棄・値引・リベート・指定資材の扱い)を明かさない。月次精算で控除される広告分担・システム料・配送費・備品などを“その他”に隠す。
- 比較表示の恣意性:「満足度No.1」「加盟増加率トップ」などの主張に、調査主体・母集団・質問文・期間の開示がない。第三者データと自社アンケートを混在させる。
- 退出コストの軽視:解約金だけを提示し、原状回復・看板撤去・在庫処理・データ対応・敷金精算を外す。更新時の改装義務や契約改定の可能性を黙秘する。
但し書きや小さな注記を置けば足りる、という発想は通用しません。重要情報は「見えやすく・具体的に・前提つきで」示すのが原則です。
なぜ問題なのか(評価の軸)
フランチャイズ取引は、本部が圧倒的に多くの情報を持つ情報の非対称の世界です。加盟判断の基礎となる収益・費用・リスクが歪められると、公正な競争が損なわれ、加盟者の損失だけでなく市場の選択がゆがみます。独禁法上は、(1)重要性(意思決定を左右する情報か)、(2)合理的根拠(裏付けがあるか)、(3)表示の明確性(誰が見ても同じ意味に読めるか)といった観点で不当性が判断されます。
本部側のコンプライアンス実務(“見せ方”の標準)
- 前提のフル開示:商圏条件、賃料水準、人件費、営業時間、デリバリー比率、メニューMIXなど予測の入力条件を明示し、中央値と分布(四分位)も併記する。
- 用語整合:契約・精算書と同じ定義で「売上」「粗利」「ロイヤルティ」を使い、控除項目の表をつける。
- 比較の透明化:調査主体、サンプル数、調査時点、質問文、算出方法をセットで掲載。第三者データは出典を明示し、自社調査と混ぜない。
- 退出コストの全体像:解約・合意解約・満了更新の各ケースで、総キャッシュアウトの構成例(原状回復・撤去・在庫・データ・人件費・敷金)を提示する。
- レビュー体制:法務・営業・SVが三者チェックし、「読み手が同じ結論に達するか」を基準に表現を磨く。
加盟希望者の“自衛策”(実務で効く最少チェック)
- 三枚シナリオで試算:本部のベースに対し、ワースト(客数▲30%・単価▲5%)/ベスト(+20%・+5%)を自作し、月次キャッシュフローで資金の谷を確認する。
- 定義とサンプルを要求:粗利の定義、控除一覧、実物の月次精算書サンプル、モデル収支の母集団・中央値を出してもらう。
- 比較主張の根拠確認:「No.1」「最高」等の主張は調査票と集計条件を確認。提示できない主張は割り引いて見る。
- 退出コストの総額把握:解約金だけでなく、原状回復・撤去・在庫・データ・人・敷金まで積み上げ、合計キャッシュアウトで判断する。
グレーゾーンの見分け方
注意書きが極端に小さい/クリックしないと読めない/重要費目が“その他”で一括――この三点がそろえば赤信号です。グラフの軸切りや期間の切り取り、極端に好条件の事例紹介も、誤認の温床になりがちです。
もし疑義が生じたら
まず書面で照会し、根拠資料(前提条件、サンプル、計算式)の開示を求めます。納得できない場合は契約前に第三者(専門家)に確認しましょう。契約後に事実と大きく乖離していたなら、事案によっては独禁法上の措置(公取委の調査・排除措置等)の対象になり得ますし、民事上も錯誤・詐欺・債務不履行を巡る争いが生じる可能性があります(最終判断は個別事情と法令解釈に依存します)。
まとめ
ぎまん的顧客誘引は、言っていないことによる誤認も含む広い概念です。フランチャイズでは、収益・費用・退出コスト・用語定義の四点セットを、前提条件つきで“見える化”することが最大の予防策になります。本部は透明性で信頼を積み上げる、加盟希望者は定義と根拠を問い直す。この二つがそろったとき、健全なマッチングが進み、チェーン全体の信頼も長続きします。